Column 01
川の下にもうひとつの川を作る。
制約の中で技術が光る「UNDER RIVER 西宮」津門川プロジェクト
津門川の下を流れる「もうひとつの川」を作るためのプロジェクト、「UNDER RIVER 西宮」津門川プロジェクト。UNDER
RIVERとは、豪雨の際にあふれる水を受け止め、地下貯留菅に流し込むことで現れる幻の川です。現在、兵庫県・西宮市では、地下深くに雨水を流し込むための貯留施設、「津門川地下貯留管」が着々と築かれつつあります。街を水害から守るため、UNDER
RIVERの通り道が作られているのです。
※UNDER RIVER プロジェクト:地下貯留施設を建設することで、街を水害から守るプロジェクト。都市型水害は、都市インフラの課題の一つです。局地的な豪雨などによって、都市の排水処理能力が追いつかない場合、雨水が下水道や中小河川からあふれ出します。人々の暮らしを守るため、地下貯留施設のニーズは高まっています。
そんな「UNDER RIVER 西宮」津門川プロジェクトの整備工事には、クリアすべき制約がいくつも存在する──そう語るのは、このプロジェクトを率いる三野章生所長です。大豊建設は、どのようなハードルを、どのような工夫と技術力で超えていくのでしょうか。三野所長に、お話を伺いました。
大豊・ソネック・田村特別共同企業体
津門川地下貯留管作業所 所長
三野 章生氏
特殊な工事環境と、いくつもの制約の中で
今回の「UNDER RIVER 西宮」津門川プロジェクト(津門川地下貯留管他整備工事)はどのような工事なのか、概要を教えてください。
ごく簡単に言うと、地下深くに「貯留管」と呼ばれる大きなトンネルをつくり、水害を防ぐ工事です。大雨が降って川の水位が上昇すると、上流部の流入施設から「立坑(たてこう)」という穴を通って地下の貯留管に水が流れ込み、浸水被害を軽減する仕組みになっています。
通常、貯留管は道路の下に設置するのですが、今回は川の下に貯留管をつくります。川の下での施工には、道路の下での施工に比べて難しい面があります。施工途中で追加の立坑を掘れないのも、難しさのひとつです。硬い岩が出てきてそれ以上掘削できないというトラブルが起きた場合、道路の下での施工なら、途中で立坑を掘って対策できますが、川の下だとそれが難しいのです。
したがって、何らかのトラブルがあっても到達まで掘削を続けられるよう、シールドマシンの仕様も検討して製作しています。
少し特殊な工事なのですね。
今回の工事には、ほかにも特殊な部分があります。まず挙げられるのは、街なかでの工事であることです。工事区域の近くに大きなマンションが建っており、JRの路線もすぐそばを通っています。このような環境で昼夜問わず工事をおこなうため、地域の方々の生活になるべく影響が出ないよう、いつも以上の配慮が求められます。
さらに今回の工事区域には、灘の酒造りを支えてきた「宮水」が流れています。地域の貴重な資源であるこの地下水を、少しでも汚すようなことがあってはいけません。酒蔵の方や専門家の方とも連携しながら、慎重に作業を進める必要があります。
困難を乗り越えるカギは、コミュニケーションと技術力
さまざまな制約のある環境で工事を進めるにあたり、具体的にはどのような工夫をされているのでしょうか。
騒音や振動については、近隣住民の方とも打ち合わせを重ねながら、最善の対策を追求しています。近隣には10階建てのマンションがあるのですが、防音壁を立てるだけでは上方向に抜ける音を防げず、高層階にお住まいの方々に影響が出てしまいます。そこで、騒音の発生源を全面的に覆う「防音ハウス」をつくり、大きな音などがどの方向にも伝わらないような環境を整えました。また、通学時間は搬入作業を控えるなど、安心・安全の確保を徹底しています。
加えて、JR路線の近接区域で約40mと深い立坑を施工するため、列車の運行や線路などの設備に影響が出ないように進めなければいけません。線路に計測器を取り付けて、異変が発生していないか観測しながら掘削しています。JRとの境界ぎりぎりの箇所で作業をおこなうフェーズもあり、列車が通るタイミングでは工事を止める必要がありましたが、それも見越してスケジュールを組み、現場を前に進めてきました。
宮水の保護については、どのような取り組みをされていますか?
宮水保護の専門組織である「宮水保存調査会」と綿密に連携を取り、酒造組合の方や学識経験者の方のアドバイスをもとに、施工方法を調整しています。
実は当初、宮水保護の観点から工事に対して様々な意見もありました。しかし、宮水を守る技術について専門的な説明を重ね、現場見学の機会を設けるなど、工事への理解が深まるような取り組みを進める中で、「やってみよう」という言葉をいただけるようになりました。
今回の工事は、「ニューマチックケーソン工法で立坑をつくる」「シールド工法で地下貯留管をつくる」「それらを地下でつなぐ」の3段階に分かれます。各段階について、施工方法や宮水保護のための対策を詳しく伝え、問題がないか、もっと配慮すべき部分はないかなど、逐一確認していただいております。
宮水への影響を防ぐ技術について、かんたんに教えていただけますか?
たとえばニューマチックケーソン工法での立坑施工においては、ケーソン底面位置の水圧と作業室内の空気圧とのバランスを徹底管理できるよう、フルスペック設備で作業に臨んでいます。作業室内の空気圧が強くなりすぎて圧縮空気が土中に漏れ出ると、地下水の水位や水質に影響が出るおそれがあるためです。そういった事態を防ぐために、今回は以下のような対策を採用しました。
- ケーソン内に通常よりも多く水を張ることで、圧力バランスを調整する
- 空気を回収する装置を2段階で搭載し、仮に空気が漏れた際の影響を最小限に留める
- 測定器を通常より多く設置して、より細やかに圧力バランスを管理する
など
もちろん使用する材料も、水溶性がなく、周辺環境への影響もきわめて少ないものを採用しています。
そして、宮水への影響の有無を調査・分析できる環境も整えています。発進部の立坑の周りに4箇所、到達部の立坑の周りに2箇所、それ以外の周辺部と下流部に11箇所の観測孔を設置して、工事の影響がないかをチェックしているのです。これらの観測孔は、地下水層の土質に応じて異なる深さで掘られていて、それぞれの土質に影響が出ていないかを調査できるようになっています。
今も、現場作業を進めながら、調査会の方々と相談して施工方法を変えるなど、柔軟に宮水の保護に取り組んでいます。
地域に歓迎される
プロジェクトであるために
近隣住民の方は、今回の貯留管工事についてどのように捉えておられますか?
「工事が少しでも早く完了して、安全な環境になってほしい」という声を多く頂戴しています。この地域では過去に大きな浸水被害を経験しており、住民の方の防災意識も高いように感じます。最近は地域のハザードマップが充実したこともあって、さらに防災への注目が集まっているのではないでしょうか。
西宮市では大規模な貯留管の整備「合流貯留管整備事業」が実施されてきましたが、兵庫県の主導でこれほど大きな貯留管工事をおこなうのは今回が初めてだと聞いています。市と県がタイアップして、さらに防災を進めていこうという機運を感じますね。
地域にも歓迎されているのですね。
しかし一方で、長期間の工事だということもあり、住民の方々に不便をもたらす場面も多いと思っています。例えばこのあたりには昔からの街並みが残っていて、細い道路も多いのですが、そういった道路は一定期間、完全に通行止めにする必要が生じるのです。
ご迷惑をおかけしながらも今回の工事をおこなう意義をご理解いただくため、現場に密着し、誠意をもって対話を進め、看板や警備員を増やすなど、工事による不便をなるべく減らせるように努めています。
また今回の工事は、地面の下でおこなう工事ですから、「何をやっているのか」が地域の方々に伝わりづらい部分もあると思います。現場見学会を設けたり、工事に関するPRに協力したりと、皆様に工事のことを伝えられるよう工夫していきたいですね。
今回のプロジェクトへの思いや、今後の展望についてお聞かせください。
今回は、ニューマチックケーソン工法や泥土加圧シールド工法など、大豊建設が得意とする工法を用いたプロジェクトです。しかし一方で、街なかでの施工であること、宮水を守らなければならないことなど、いつもと異なる制約が課せられています。
こういった制約の中で、地域の方々と話し合いながら工夫を重ねた経験は、今後ほかのプロジェクトにも活きてくると思います。今回の工事を必ず成功させて、一段と進化した技術や経験を、未来へとつなげていきたいですね。