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大豊建設 能登復興プロジェクトスペシャルインタビュー

初動の早さが、能登の希望をつなぐ

北陸土地改良建設協会に聞く、
復興を支えた連携の舞台裏

DAIHO CORPORATION 大豊建設 能登復興プロジェクト
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2024年1月の能登半島地震、そして同年9月の奥能登豪雨。二重被災により、能登の農地・農業用施設は石川県の記録上最大となる甚大な被害を受けました。その応急復旧の最前線で、北陸農政局と建設企業をつなぐ「橋渡し役」を担ったのが、北陸土地改良建設協会です。
会員企業への支援要請から初動体制の構築まで
──復興を支えた協会のお二人に、災害対応の舞台裏と、現場で奮闘した大豊建設の姿について伺いました。

田浦 広信 様
北陸土地改良建設協会 運営委員長
廣川 一郎 様
田浦 広信 様
事務局長
大坪 祐一 様
北陸農政局と建設企業をつなぐ「橋渡し役」

北陸農政局と建設企業をつなぐ「橋渡し役」

まず、協会の普段の役割について教えてください。

大坪:
当協会は建設技術の向上を図ることにより土地改良事業の推進に協力することを目的としています。北陸農政局が発注する工事の入札・契約情報や、国の予算・人事異動などの情報を会員企業へ提供するほか、工事積算書等の情報開示請求を協会が一元的に行い、会員に共有しています。令和7年度は61社に対して138件の情報提供を実施しました。このほか、建設技術向上のための研修会や新技術の説明会などを実施するとともに、会員企業に協力いただき、事業完了地区での環境保全活動などにも参加しています。
廣川:
私たち会員企業は、北陸農政局等から工事を受注する立場です。協会はその間に立ち、会員企業の土地改良工事に関する建設技術の向上をけん引していく存在だとお考えいただければと思います。

災害協定が生んだ、最速の初動

今回の復興事業では、協会が主導する形で会員企業が現地に入りました。その仕組みを教えてください。

大坪:
本部組織である一般社団法人土地改良建設協会が、大規模災害時の応急対策業務に関する協定を農政局と締結しており、当協会も連携協定によって一体的に動ける体制になっています。令和6年1月の地震発災時には、この協定に基づいて北陸農政局から要請を受け、まず防災重点農業用ため池の緊急保全対策を実施しました。会員企業に「対応できる方はいませんか」と応募を募り、21社にご参加いただきました。
廣川:
9月の奥能登豪雨では19社が現地に入りました。協会が窓口となって支援可能な企業リストを取りまとめ、北陸農政局から石川県、県の出先事務所へと伝達される。会員企業側はその間に社内の現場体制を整えておく。この同時並行の動きが、初動の早さにつながったと考えています。
北陸農政局と建設企業をつなぐ「橋渡し役」

会員企業の中でも「最速」だった大豊建設

その中で、大豊建設の動きはいかがでしたか。

廣川:
豪雨災害後、協会から会員企業に支援要請を発信したところ、大豊建設さんは先んじて「やります」と手を挙げてくださいました。速やかに石川県奥能登農林総合事務所との事前打合せへ対面で臨まれ、豪雨災害の翌月にはもう現場に入っておられた。データを調べましたが、これは会員企業の中で最速なんです。
大坪:
重機や仮設資材、作業員の手配・調達、宿舎の確保まで、すべてを短期間で調整された。早期の現場体制構築には、非常に心強いものを感じました。
廣川:
実は北陸農政局がWebサイトで公表している農地・農業用施設の復旧支援の状況写真は、大豊建設さんが作業された現場なんです。いち早く現場に入り、状況を記録しながら復旧を進められたからこそです。

前例のない現場で生まれた、知恵と対話

現場では、どのような困難があったのでしょうか。

大坪:
地震で道路などのインフラが損傷した中での豪雨災害という、まれに見る複合災害でした。農地一面に流木と土砂が堆積し、幅30cmほどの狭い側溝にまで泥が入り込んでいた。大型重機では対応できず、小型重機、さらには人力だけで作業する箇所も多くありました。
廣川:
現場では知恵が次々と生まれました。たとえば側溝の泥出しでは、バックホウのバケットを側溝の脇に置き、作業員がスコップでかき出した土をそこへ集めて搬出する。重機と人力の組み合わせで効率を上げていく工夫です。また田んぼを傷めないよう、重機の下に敷鉄板などを敷いて保護しながら作業されていました。

地域の方々との関わりも生まれたそうですね。

廣川:
通常の工事では、地権者との調整は行政の職員が担うのが一般的です。しかし今回は、現場技術者の皆さんが営農者の方々と直接向き合い、「堆積した土砂をどこまで取るか」「畦畔はどこにあったか」といった細かなニーズを聞き取りながら仕上げていきました。営農者の悩みや絶望感に耳を傾け、それが希望に変わっていく過程を、現場で肌で感じられたのではないでしょうか。
国と建設企業をつなぐ「橋渡し役」

絶望が、希望に変わった

地域からは、復旧工事に携わった会員企業に対してどのような声が届いていますか。

廣川:
「復旧が完了した翌日、営農者さんがトラクターを動かし始めた」という報告がありました。それだけ待ち望まれていたということです。また、完成した農地を見て、一度は復旧を諦めていた方から「こんなにきれいになるなら、私の農地もやってほしい」という依頼が舞い込み、要望箇所がどんどん増えていったそうです。
大坪:
「水田の仕上がりが他の工区よりもきれいで驚いた」「丁寧な仕事に大変感謝している」という声もたくさんいただいています。協会として直接住民の方と接する機会は多くありませんが、こうした声が集まってくること自体が、現地で汗を流してくださった会員企業の皆さんの誠実な仕事の証だと思っています。
国と建設企業をつなぐ「橋渡し役」

能登の未来へ――建設業が支える創造的復興

最後に、能登の未来と、建設業に携わる人々へのメッセージをお願いします。

大坪:
震災前の能登は人口減少や高齢化が進み、インフラ整備が十分に行き届かない面もありました。単に元へ戻すだけでは、離れた人は戻ってきません。この復興を契機に、人が戻りやすい、より良い環境づくりが進むことを期待しています。そして今回の経験で得た「災害協定に基づいて迅速に動ける仕組み」を、他の地域にも伝えていきたいと考えています。
廣川:
震災復興途上に再び襲った豪雨という二重の苦難に、最前線で立ち向かった建設業の皆さんの働きは、地域の孤立を防ぎ、住民の命と暮らしをつなぎとめる希望そのものでした。これからは本復旧のステージに入ります。会員企業の皆さんとともに、一日も早い能登の復興を支えていきたいと思います。
能登の未来へ――建設業が支える創造的復興

令和7年3月14日、農林水産大臣より授与された感謝状

※記載内容は取材当時の情報に基づいています。